私は２つの研究テーマから、「働く人々にとって望むべきキャリア発達と心の安寧の実現」に向けて研究を進めています。
　第１のテーマは「企業内で働く人々の間で行われる発達的支援行動」の一つである「メンタリング」です。近年、日本企業においても「メンター制度」や「メンタリング」という言葉をよく耳にするようになってきました。特に、多くの企業が「新入社員に指導役を付け、業務全般について指導・相談させる」といった形でメンター制度を新入社員教育の一環として導入しています。さらに、最近では多様な雇用形態に基づく従業員の能力開発やキャリア開発、職場の精神健康管理やワークライフバランスの促進といった人的資源管理上の課題への対応手段としてもメンタリングが制度的に活用されつつあります。
　本来、メンタリングとは、経験豊かで成熟した人（＝メンター）が、経験が乏しく未熟な人（＝プロテジェ）に対し、継続的にキャリア発達および心理・社会的成長を促すために実施する自発的な支援行動を意味します。この自発的な発達的支援行動であるメンタリング（＝非公式メンタリング）は、メンターおよびプロテジェ両者に対し、キャリア発達や学習の促進、職務遂行・態度や自己認識の向上など多様な有益性をもたらすことが確認されています。この有益性を活用するため、組織が制度的に介入し構築したのがメンター制度やメンタリング・プログラムと呼ばれる公式メンタリングです。
　この「メンタリング」という視点から「企業内で働く人々の間で行われる発達的支援行動」について研究を進めています。具体的には、自然発生的なメンタリングがメンターやプロテジェにもたらす効果や影響要因について調査を進めてきました。その結果を踏まえ、新入社員の育成や適応、従業員の精神健康やコミュニケーションの促進を目的としたメンタリング・プログラムの導入および効果評価を行いながら、より効果的にメンタリングを活用するためのプログラム開発を行っています。
　第２のテーマは、賃金と引き換えに働く人々の感情が提供され、感情に交換価値を有する労働、すなわち「感情労働」です。近年、産業界全体のサービス産業化に伴い、「おもてなしの心」を付加価値として活用する動向や過剰な「顧客至上主義」により、どのような仕事であれ、働く人々に自己の感情を犠牲にし、顧客の心に寄り添う「感情労働」の要請が強まっています。そのため、従来から感情労働が高く要請されてきた職種のみならず、その要請が認識されてこなかった職種にも注目し、汎用性の高い感情労働尺度の開発、入職時点から現時点に至るまでの感情労働への適応プロセスについて研究を進めています。