社会科学研究科にあって、唯一自然科学的視点から研究を行っています。環境政策や防災政策は、自然科学的知見と社会科学的知見が融合することで初めて実効性のある政策を立てることができます。私の元々の専門は自然地理学です。そもそも地理は高校までは社会科（高校では地歴と公民に分かれていますが）の一分野です。学問としての地理学は、自然地理学分野と人文地理学分野に分かれますが、いずれも人間活動を念頭に置いて、地域を対象とした研究を行う点は共通しています。人は地域の自然環境に左右されながらも、それをうまく利用することで暮らしてきました。しかし近年は、その自然環境を一方的に破壊しつつあります。また、様々な自然の驚異にもさらされています。
　私は元々、沿岸沖積低地の地形形成に関する研究を行っていました。沖積低地は河川や海の営力によって現在進行形で形成されつつある地形です。とは言え、地形が大きく変化するのは洪水や地震、津波など、いわゆる災害をもたらすような大きなイベント時です。また、海面変化も海岸線の前進・後退に影響を及ぼします。しかし、これらの現象は言うまでもなく自然現象のひとつに他なりません。そこに人がいなければ災害とはなり得ないのです。ところが、現在の沖積低地は高度に土地利用がなされ、特に高度経済成長期以降、宅地を含む都市的土地利用が無秩序に広がりつつあります。近年の自然災害の増大は、本来居住地としては適さない土地に多くの人々が暮らすようになったことも関わっているのです。防災政策を考えるには、そこでの地形形成プロセスに関する正しい知識が求められます。
　熱帯の沖積低地では沿岸にマングローブ林が広がります。マングローブ生態系は、潮間帯という限られた環境にのみ成立します。そこで暮らす人々は、この生態系から提供される様々な森と海の恵みを持続的に利用して生活してきました。マングローブ生態系が「海の里山」と呼ばれる所以はそこにあります。しかし、1980年代以降、集約的エビ養殖池の開発に代表される乱開発で、その環境が急速に失われつつあります。また、温暖化に伴う海面上昇が多大な影響を与えるであろうことが予測されます。
　私は沖積低地研究の一環として、1980年代半ばからアジア・太平洋地域の各地のマングローブ林で、海面上昇がマングローブ生態系へ及ぼす影響予測を行うべく研究を行ってきました。その生態系が有する炭素固定機能の評価やそこで暮らす人々の持続可能な生態系利用についても研究しています。既に海面上昇の影響が表層侵食等の形で進みつつある群落も出現する一方で、地下部にマングローブ泥炭を生産・蓄積することで自ら地盤高を高め、未だその影響が現れていない群落も存在することがわかってきました。この群落は、地域の人々にとっては天然の防波堤として、地球環境に対しては炭素固定の場としての重要な役割を担っているのです。このように、地道なフィールドワークは、地域環境や地球環境の保全策を考える上で、欠くことのできない科学的根拠を提示することができます。
　最近では、元々の沖積低地研究よりも、マングローブ研究の方が本職のようになってしまいました。身近なところでは、里山生態系の現状と将来予測に関する研究も行っています。大学院ではこれらの研究を踏まえ、人と自然の持続的なかかわり方について、地理学的・生態学的視点から幅広く研究指導を行います。
　写真は私の長年の研究対象地であるミクロネシア連邦ポンペイ島で確認された海面上昇によって表層侵食が進み、根っこがむき出しになったマングローブ群落（左）と、ベトナム、ホーチミン市郊外カンザー地区でのマングローブ生態系利用に関する聞き取り調査の様子です（右）。