私の専門分野は「法と経済学」とか「法律の経済分析」などと呼ばれている，応用経済学の一分野で，その内容は後者の呼び名がよくあらわすように，法律の効果や役割を，経済学（とくに，ミクロ経済学とゲーム理論）を分析道具として解き明かそうとするものです。どんな法律もこの分野の分析対象となりますが，社会科学研究科経営学専攻での講義においては，企業経営に関わりの深い法律，例えば会社法や独占禁止法などに対する経済学の適用を中心とすることとしています。
　以下では，私の最近の論文の内容を紹介することを通じて，この分野に関して，皆さんにイメージしてもらうことにします。Goto and Nariu (2017) では，独占禁止法の特別法である下請法を，その分析対象としました。ある大手小売チェーンがプライベート・ブランド商品を開発したとして，その製造をある中小メーカーに依頼したとします。このとき，小売チェーンと中小メーカーの資本金の額に十分な差があるとき，この両者の間でなされた様々なやり取りについて，法的に規制する，というのが下請法の趣旨となります。中小メーカーが製造した商品を小売チェーンが買い取るのは当たり前ですが，両者の間では，製品と代金の交換以外にも様々なやり取りがなされます。例えば，両者の間で必要となる情報交換にかかる費用の負担を，小売チェーンがメーカーに求めたりすることもあります。このような費用負担が，不当であるとされて下請法の適用対象になった例がいくつもあります。Goto and Nariu (2017) では，このような費用負担が，小売チェーンとメーカーの間のチャネルの平均費用最小化の手段として機能し，また，そのことをつうじて消費者の利益にもなることを，経済学のモデルを用いて示しました。この点につき，法学的な議論においては，「そのような費用負担が必要ならばその分代金を減額すればよいのだから，別に金銭負担を求めるのは，小売業者が自分の立場を利用して下請業者から不当に利益を徴収していることになるのだ」という主張がしばしばなされます。もちろん，その主張が経済学的にも正しいことも多いのですが，場合によっては，代金の減額という形で費用負担を求めることが経済効率性を損ねることもある，ということをこの論文では示しています。（Goto and Nariu (2017),“Fixed Payments in Production Contracts for Private Labels: An Economic Analysis of Japanese Subcontract Act,’’ T. Naito, W. Lee, Y. Ouchida (eds.), Applied Approach to the Issues of Societal Institution and Economy, Springer, pp. 71-84．）

　「法と経済学」は，法律にも経済学にも興味があり，経済学を用いて物事を考察するのが好きだ，という学生には魅力的な分野であると思います。