南山大学 国際教養学部 Faculty of Global Liberal Studies

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第43回 情報技術にみる「人間の尊厳」 「人間の尊厳」 杉原 桂太先生

2026.08.21

 「市民の対話と人間の尊厳を尊重する強いコミュニティを築け」[1]。これは、インターネットのWorld Wide Web2019年に30周年を迎えたことにあたりウェブ財団などが作成した「ウェブのための契約」の市民に向けた一節です。ウェブ財団は2009年にウェブへの平等なアクセスを目的に設立された組織です(ウェブ財団は2024年から段階的に縮小し、その役割は他の組織に引き継がれています)。ウェブ財団はWorld Wide Webを開発したティム・バーナーズ=リーを設立者の1人として発足しました。

 バーナーズ=リーは、尊厳について、彼の著THIS IS FOR EVERYONEの中で次のように語っています。「ウェブは至るところに存在するようになっていたが、申し分ない状態ではなかった、と私は考えた。あまりにも多くのスクリーン・タイムが、あまりに少ない独占的な企業の手に集まっていた。ユーザーは、広告主のための消費可能な製品に成り下がっていた。プライバシーと尊厳、主権への期待は、利益の追求の中でむしばまれていた。権威主義的な社会では、社会的な支配とコントロールの道具としてウェブは用いられていた」[2]。

 ここで、ユーザは消費可能な製品に成り下がっていた、とバーナーズ=リーが述べている点に着目したいと思います。バーナーズ=リーは、目的ではなく利益を生み出す手段として人間が扱われていることが尊厳を損なっていると考えている、と私は彼の指摘を受け止めたいと思います。確かに、ソーシャルメディアを利用していると、目を見張る投稿に関心を奪われ、長時間の閲覧となり、表示される数多くの広告に見入ってしまいます。こうしたソーシャルメディアの仕組みはプラットフォームと呼ばれる少数の企業によって構築されています。ウェブを開発したバーナーズ=リー本人が現在のソーシャルメディアに警鐘を鳴らしていることは重要な点といえるでしょう。

 現代の人々、特に若者にとって、インターネットははじめから周囲に存在する環境のようなものになっています。私たちは、スマートフォンやPCなどでインターネットを使い始め、自然にWorld Wide Webを利用するようになっています。すると、長時間のソーシャルメディアの利用や広告をクリックすることはインターネットでは当然のこと、と思いがちではないでしょうか。しかし、それではウェブによる尊厳への問題に気がつくことが難しくなります。現在のインターネットが当然の姿ではないと考えることもできます。「ウェブのための契約」を通じて、ウェブを開発した当人であるバーナーズ=リーが現在とは別のWorld Wide Webのあり方を提示しています。

 今日、どのようなことを行うにしてもインターネットが必要です。そこではWorld Wide Webを使用することになります。そうした場面では、単にウェブの技術を利用するのではなく、「ウェブのための契約」といった潮流を念頭におき、World Wide Webと尊厳の関係に着目することが重要といえるでしょう。

参考文献

[1] Contract for the Web:
  https://contractfortheweb.org/principles/principle-8-build-strong-communities-that-respect-civil-discourse-and-human-dignity/
  2026年8月17日閲覧. [2] Tim Berners-Lee, 2025, THIS IS FOR EVERYONE, Macmillan, p. 359.

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