南山大学 国際教養学部 Faculty of Global Liberal Studies

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第17回 教員リレーエッセイ 吉田 信先生

2022.12.27

師走に思うことあれこれ − ver. 2022

吉田 信

2022年も早いものであと数日(このエッセイを書いている日付は1227日)。

巷でよくあるのは、「今年の10大事件」といったタイトルでこの1年の「重要な」出来事を振り返りつつ、過ぎ去りし年を思い起こし、来たる年の行方に思いを馳せることでしょう。このエッセイも当然「10大事件」を振り返りたいところではあるものの、日々のあれこれに忙殺されているうちに、大切なことを思い出す「脳力」の衰えをいかんともしがたく、それにもかかわらず脳内にこびりついて忘れられない出来事についてつらつらと書いてみようと思います。

欧州の小国に分類されるオランダですが、WWII後の脱植民地化までオランダ領東インドと西インドと呼ばれる植民地を領有していました。東インドは現在のインドネシア。西インドは、独立を選んだ地域が現在のスリナムで、独立せずに自治領/地方自治体としてオランダ王国の一部を構成している6つの島嶼が存在しています。

2022年の2月、3つの国立の研究機関のもと25人の研究者により8つの分野で5年にわたり進められていた調査の結果が報告されました。報告の内容とは、インドネシアの独立を阻止するべくオランダ政府が展開した軍事行動(1945年から1950年を対象) に「過度の暴力」が存在し、一部で組織的な虐殺がインドネシア側に対して行われたことを認める内容でした(1

このような調査が行われた背景にはなにがあるのでしょうか。直接のきっかけは、2011年に出されたひとつの判決でした。オランダ軍により夫を殺害された寡婦、虐殺の生存者の訴えがオランダの裁判所で認められ、オランダ政府が賠償を命じられた判決です。この判決をきっかけとして、政府は同様の事例に対する救済措置を講じることとなります(吉田 2013)。

同時に、研究者による新たな事実の掘り起こしが進みます。2016年には虐殺が組織的に行われたと結論づける大部の研究書が刊行されたことをきっかけに、堰を切ったように様々な研究書が出版されました(Limpach 2016)。これまで文書館や研究所の書庫の奥にひっそりと眠っていた史料が発掘され、陽の目をあびることで、政府も調査の必要を改めて認め、独立戦争期のオランダ軍による組織的な虐殺の有無について3つの国立研究機関に調査を依頼することとなりました。

今年の2月に出された報告は、このような背景のもとに行われたものです。報告は、諜報機関による虐殺・拷問の事実を認める一方、全体としての軍は適切な行動を取っていたというやや玉虫色の立場をとっています。虐殺が「戦争犯罪」に該当するのか、という質問に対しても明確な回答はなされておらず、その姿勢に対する批判が寄せられています。おそらく、今後も議論は続いていくことでしょう。

他方、政府としては2011年の判決以降、虐殺の事実を公に認め、遺族に対する救済措置を講じ、さらにはコロナ禍の2020年、ウィレム=アレクサンダー国王がインドネシアを公式訪問、独立戦争期の「過度の暴力」に対する遺憾の意と謝罪を表明していることもあり、この調査報告をもってひとつの区切りとしたい思惑がみえなくもないところです。

実は、今月の19日には、マルク・ルッテ首相が奴隷制の過去に対するオランダ政府の責任を認め公式に謝罪をするという大きな出来事がありました(2。これにあわせて関係大臣が旧西インドの各地を訪問し、現地社会に今回の謝罪の及ぼす影響を説明しています。旧西インドを中心とする奴隷制の過去とその責任についても、いつか機会があれば解説したいところですが、なによりも植民地の過去との向き合い方を考えるうえで重要な動きがオランダ政府により取られていることは注目に値するでしょう。

オーストラリア国立大学で日本の現代史を教えていたテッサ・モーリス=スズキさんは、かつて「過去は死なない」という題の本を刊行しました(テッサ・モーリス=スズキ 2004)。今回ここで紹介したオランダ政府による植民地の過去との向き合い方は、まさに「過去は死なない」ことを示しています。現在は過去との関係によって決まり、それが未来を方向づけていくのです。

2022年は東と西でそれぞれの歩みをたどっていた2つの植民地をめぐる過去が、ひとつに結びついた年として私にとって忘れられない年になりました。来年の展開を注視しつつ、年末年始をオランダで過ごしたいと思います。

Gelukkige Nieuwjaar!

  1. https://www.niod.nl/en/projects/independence-decolonization-violence-and-war-indonesia-1945-1950
  2. https://www.government.nl/latest/news/2022/12/19/government-apologises-for-the-netherlands-role-in-the-history-of-slavery

Limpach, Remy, De brandende kampongs van Generaal Spoor, Amsterdam: 2016

モーリス=スズキ、テッサ、『過去は死なない―メディア・記憶・歴史』岩波書店、2004

吉田信、「オランダにおける植民地責任の動向―ラワグデの虐殺行為をめぐって」『国際社会研究』福岡女子大学、(2)53-73 2013

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