南山大学 国際教養学部 Faculty of Global Liberal Studies

深めて!南山GLS 学生の活躍 GLS教員リレーエッセイ

第10回 GLS教員リレーエッセイ 鹿野 緑先生

2022.04.19

『誰も知らない』-Nobody Knows

鹿野 緑 

 朝のラジオからチューリップの『虹とスニーカーの頃』が流れている中で、この文を書いている。映画監督の是枝裕和さんが、4月、教鞭をとる母校早稲田大学の入学式で祝辞[1]を述べたと、ネットニュースが伝えていた。祝辞の中で是枝さんは、最近の学生は世の中にあまり不満や怒りを持たないと述べておられた。むしろ「先生は何故いつもそんなに怒っているのですか?」と聞かれるそうだ。「今の社会に順応するだけの、器用さを手に入れるだけのために」大学に通ってはいけない。大人の社会に問いをたてることが「世界を半歩先へ更新していく原動力になるはず」と結んでいた。社会に順応し社会が求める姿になろうとする若者は、いつか恵まれたマジョリティになり、周縁化する人々の不平等に知らずに加担したり彼らを侵害してしまう可能性を秘めている、そのことに自覚的であるべきだとおっしゃっているように思えた。

 その是枝監督が撮った映画に『誰も知らない(Nobody Knows)[2]』(2004年)がある。14歳でこの映画に主演した柳楽優弥さんは、好きな俳優さんの一人だ。柳楽さんは、男に走る母親から育児放棄される四人兄弟の長男明(あきら)を演じ、カンヌ映画祭で史上最年少・日本人初の主演男優賞を受賞された。無表情なようでいて怒りを含んだようなまなざしの強さが印象にのこる演技だった。しかし実際には、役者に台本を渡さず演技をつけない手法で撮ったのだそうで、強いまなざしはこの俳優さんがもともと持っていたものだったか。あるいは、見る側の私が感じた怒りや動揺や絶望を彼のまなざしに投影しただけだったのかも知れない。ストーリーをここで繰り返す必要はないかと思うが、母親(YOUさん)と明がスーツケースに幼い弟妹を隠してマンションに引っ越してくるところから物語が始まる。二人暮らし、夫は海外赴任だと嘘をつく。四人の出生届は出ていないので学齢の二人は学校には行っておらず、幼い弟妹は外に出ることが許されていない。それでも食事のシーンなどは明るく愛情豊かだ。やがて母親は男と同棲するために家に帰らなくなり、明に弟妹の面倒を任せるようになるのだが、文字通り、子どもたちは誰にも知られずに生き、数ヶ月後末妹は誰にも知られずに亡くなってしまう。いや誰も知らなかったのではなく、子どもたちが救われるチャンスはいくつもあった。だのに大人の社会はそれを逃し続けていたのだ。母親がどうだのと決めつけることも言いたくはない。冒頭に述べた祝辞を拝見して、社会に問いかけるこの映画のことを強く思った。

 いまやすっかり大人の俳優になった最近の柳楽さんは、Netflix作品『浅草キッド』(劇団ひとり監督、2021年)のビートたけし役などを見ても、ほんとうに凄い俳優さんになられたなあと陰ながら応援をしている。

 大人の私も、怒りを持ったり世間の無理解・不理解をとこうとしたりすることに、静かにではあるが自覚的でありたいと思う。それは大人の社会の一員である自分の弱さに向かうことでもある。それが研究と教育を続ける内なる動機だったことを改めて考えた。(終)

[1] https://www.waseda.jp/top/assets/uploads/2022/04/2204_speech_koreeda.pdf

[2] http://www.kore-eda.com/daremoshiranai/story.htm

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