南山大学 国際教養学部 Faculty of Global Liberal Studies

深めて!南山GLS 学生の活躍 GLS教員リレーエッセイ

第5回 GLS教員リレーエッセイ 平岩 恵里子先生

2021.10.12

『映画とグラントリノとチャイナタウン』

平岩 恵里子

研究柄、職業柄、でしょうか、映画で移民がどう描かれているのかに興味を持ちます。幸いNHKがBSシネマで新旧の映画を放映してくれていて、先日、なつかしい「グラントリノ」(2008年)を見ました。ご存知の方も多いでしょうか。フォードで50年勤め、妻に先立たれ息子家族ともうまくいっていない主人公は、自慢の愛車グラントリノを磨き、星条旗を立て愛犬が寝そべるベランダで缶ビールを飲む日々。頑固で意固地なオヤジ役はクリント・イーストウッドです。彼の家の隣にはラオスから移住してきたモン族の一家が住んでおり、食事も文化もマナーも宗教も何もかも違う隣人に辟易しているものの、祖母、母親、姉と暮らす少年と少しずつ関わり合うことで、お互いを認め合っていく過程が描かれます。好きな部分です。その交流は、その少年が同じモン族の青年たちから悪事に誘われ、醜いいじめと暴力にあい、家が銃で襲撃され、果ては姉までも彼らに乱暴されるに至って、思わぬ結末を迎えます。今のままでは少年にもその家族にも安寧な将来はない。悪童たちの悪事から少年と家族を救うために主人公がとった行動は、彼らに自らを銃で撃たせ、死ぬことで殺人犯に仕立てて刑務所送りにすることでした。主人公は朝鮮戦争を経験しています。モン族は戦争する米国に協力していたことで、自国にいられず米国に逃れた歴史があり、そのことが主人公の生き方に影を落としていたことも描かれていました。

同じ出身国、同じ民族でありながら、移住先でお互いが搾取し合う構造はよく見られるように思います。この映画では、移住してきたモン族の若者同士がコミュニティの中で悪事を働く上下関係を巡って虐め合いますが、雇用者・被雇用者で搾取関係が見られることも多いです。そのことを知ったのは、1990年代半ばにニューヨークに住み、マンハッタンのチャイナタウンにある華人職工會という移民自助組織の活動に参加させてもらっていた時でした。同国人同士、助け合うだろうと思い込んでいましたが、違いました。チャイナタウンのレストランは経営者の多くが中国人、そこで働くのも中国人。しかし、賃金未払い、長時間労働やチップ取り上げ等が恒常的に行われており、労働基準法違反が横行していました。華人職工會はそうした状況を改善すべく、中国人経営者のレストランでピケをはり、日々、レストラン前で「No more exploitation!」の看板を手に「Shame on you!」と叫び、入店しようとする客にその店で食事をしないよう訴えていました。こちら側にいるのはもちろん弱い立場の労働者ですが、あちら側(経営者側)にも同じレストランで働く仲間がいて、こちらに向かってブーイングをしています。え?彼らとて搾取される側でしょ?と思ったのですが、違いました。ピケに参加すると解雇されてしまうから経営者側につくわけです。低賃金かつ過酷な環境で働く移民予備軍は限りなくおり、経営者は雇用に苦労しません。こちら側にいる労働者は解雇を覚悟で名乗り出た人たちでした。経営者は訴えられて都合が悪くなると、簡単に店をたたみ、いつの間にか別の場所・名前で開店するといういたちごっこ。国際労働力移動研究を志していたものの、あまりにも物知らずでした。

日本では、技能実習生を追ったドキュメント風の映画が今年封切られました。「海辺の彼女たち」。ベトナム人女性3名が過酷な労働から逃げて北国の漁港にたどり着き、そこで不法滞在者に。見つかれば強制送還される立場に追い込まれ、妊娠発覚や周囲の無理解、偏見が立ちはだかります。その孤立の中で、偽造書類で救いの手を差し伸べるのが同国人なのですが、彼女たちの弱い立場を徹底的に利用し、なけなしのお金を巻き上げていきます。

国際労働力移動の経済分析では、理論上、移民は受入れ国に寄与します。実証分析でも概ねそれを支持する結果が得られています。しかし。チャイナタウンでの経験はいつも頭の中に残っていて、映画を見るとつい移民の人たちを探してしまいます。そう言えば、「アンタッチャブル」(1987年)も先日放映されていましたが、アル・カポネはイタリア系アメリカ人の家庭に生まれたのでした。

リレーエッセイ用写真_平岩.JPG

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