教員コラム 総合政策学専攻
誤解されがちな「心理的安全性」(総合政策学 久村 恵子 教授)
2025年12月15日
最近、複数の企業の方々(その多くは人事担当)から職場のコミュニケーションについてお話しを伺う際に、「若い社員が話しやすい雰囲気を作っています」、「社員誰もが気軽に話せるよう努力しています」といった話の流れの中で「心理的安全性」という言葉をよく耳にします。その一方で、「若手社員の甘えに繋がるのではないか」、「話せる雰囲気を作ってもなかなか発言がない」といった意見も耳にします。その都度、「本来の意味での心理的安全性はどこに消えてしまったのか?」という問いが浮かび上がってきます。
この「心理的安全性」を学術的に提唱したのはハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授の『The Fearless Organization (翻訳題目名:恐れない組織)』※1です。そして、世界的に注目されるきっかけは、Googleによる社内研究「プロジェクト・アリストテレス」ではないでしょうか。この研究では、成果の高いチームの共通要素として、恐れず誰もが発言でき、その発言を否定・嘲笑することなく、率直な対話と建設的な衝突が許される状態、すなわち心理的安全性を導き出しました。それ以降、多くの企業で「心理的安全性」は導入・実施されてきています。しかし、残念ながら本来とは異なる意味で「心理的安全性」は一人歩きしてしまったのではないか、だからこそ冒頭に述べたような話しに至るのではないかと考えています。
本来、心理的安全性とは、単に仲良く何でも話せる「やさしい雰囲気」ではなく、むしろ立場に関係なく何でも話せるが、その対話から互いが学び合い、建設的かつ成果に向けた厳しい議論を可能とするものであり、雰囲気というよりは仕組みや体制として位置付けるべきものです。言い換えれば、心理的安全性は、やさしさの結果ではなく、挑戦と責任を基盤とした前進するための対話の結果と言えるのです。
あなたの職場では、会議の際に衝突を避けるための沈黙や同調、会議後に「あの案件ですけど実は...」という会話が飛び交っていませんか?もしそうであるならば、本当の意味での心理的安全性は保障されていないのかもしれません。さて、なんとか会議までにこのコラムを書き終えることができました。これから会議に行ってきます。
※1 Edmondson, A.C.(2019) The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace
for Learning, Innovation, and Growth. : John Wiley & Sons, Inc.
(野津智子訳(2021)『恐れない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす―』
英治出版)