教員コラム 総合政策学専攻
コンクラーベを通じてダライ・ラマ14世の後継問題を考える(総合政策学 星野 昌裕 教授)
2025年07月15日
宗教にせよ政治にせよ、最高指導者が不在になると、後継者を決めるまでの期間、不安定な社会状況となる。カトリックの場合には、長い歴史で確立されたコンクラーベという制度によって、後継者が選出される。2025年4月21日に教皇フランシスコが逝去すると、5月7日にコンクラーベが始まり、翌日の夕方に新しい教皇が選出された。
中国の民族政策を研究する立場として、常に意識するテーマの一つに、ダライ・ラマ14世の時代が、どのようなかたちでダライ・ラマ15世の時代に受け継がれるのか、というものがある。チベット仏教には、コンクラーベで新しいローマ教皇が選ばれたような選挙でもなく、血縁者による世襲でもなく、チベット仏教の高僧たちがダライ・ラマの生まれ変わりの転生者を探し出して後継者とする伝統がある。具体的にどのようなかたちで転生者が見出されるかについては、映画「クンドゥン」でダライ・ラマ13世の転生者、すなわちダライ・ラマ14世を探し出す光景が描かれている。あくまでも映画ではあるが、その雰囲気を感じ取ることはできる。
チベット仏教に転生という伝統があるにもかかわらず、これまでダライ・ラマ15世が同様の伝統に則ってえらばれるのかどうか、定かではなかった。というのも、ダライ・ラマ14世が、そうした伝統とは異なる後継者誕生の可能性に言及することがあったからだ。こうした発言の背景には、チベットの伝統的な領域を支配する中国共産党への強いけん制があったのは言うまでもない。
この点に関して、2025年7月6日に90歳を迎えたダライ・ラマ14世は、それに先立つ7月2日、チベット亡命政府が拠点を置くインド・ダラムサラでの高僧会議に、映像による声明を送り、自らの死後も転生者を探してダライ・ラマの後継者を見出す制度が継続されることを表明した。これによってダライ・ラマの転生に関する伝統的な方式が維持される方向性がしっかりと定まったのである。コンクラーベと異なって、転生者を探すには、少なくとも数年の時間が必要になり、その間はダライ・ラマが不在となることが考えられる。
だれがどのようなかたちで転生者を見つけ出すかについて、ダライ・ラマ14世は同じ声明のなかで、それはチベット人が決めることであると繰り返し強調し、自身を「分裂主義者」などとして批判する中国の干渉を拒否する姿勢を明確にした。中国外務省報道官は、ダライ・ラマ14世の転生者は中国国内で探し出され、中国政府の承認が必要だと述べているが、中国の強硬な姿勢は、チベットの不安定化を招くことになる。中国国内に居住するチベット人の間にはダライ・ラマ14世への信仰が強く根づいていることからも、ダライ・ラマ14世の思いに即した後継者が平和のうちに誕生することを願うばかりである。