教員コラム 総合政策学専攻
韓国料理、韓流ドラマ、Kpopと韓国政治(総合政策学 平岩 俊司 教授)
2025年06月02日
朝鮮半島についての研究を始めてすでに40年以上になるが、最近の若い人たちの韓国に対する関心、向き合い方には驚かされる。韓国料理、韓国ドラマ、Kpopなどなど、韓国に対する関心は高いし、多くの若者がドラマ、音楽を通して韓国語にも親しみ、海外旅行先としても韓国は身近なのだろう。私が研究を始めた頃には想像すらできなかった状況だ。日本が韓国と国交正常化した1965年、1年間の日韓の往来は1万人だった。それが1995年には1日1万人に、その後コロナ禍で往来は激減するも、コロナ明けとともに一気に回復し、昨年はなんと1200万人(1日3万人以上)に膨れ上がった。1200万人のうち900万人が韓国から日本への訪問者数で、日本から韓国へは300万人。韓国側からは日本からの訪問者を増やしたい、との声が聞こえるが、それでも驚くほど多くの人が日韓を往来しているのだ。かつて韓国の空港での入国審査の列は、ほとんどがビジネスマンだったが、昨今は、若い女性、家族連れが多く、私のような年配の男性が一人で列に並んでいると気恥ずかしさは拭えない。
しかし、にもかかわらず、韓国政治、北朝鮮問題、朝鮮半島をめぐる国際関係などなど、私の専門についての若者の関心は相変わらず低い。北朝鮮問題について関心がないのは理解できる。若い世代にとって、韓国と北朝鮮が分断国家であるとのイメージはないだろう。私が研究を始めた頃、師匠から韓国と北朝鮮は1つのユニットとして扱わなければならない、朝鮮半島をめぐる政治、外交、国際関係の特徴は、その多くが朝鮮半島の分断状況に起因するからだ、と口酸っぱく言われた。実際そのとおりで、今の韓国を理解するためには北朝鮮の状況がわかっていないと本当のところが理解できないし、一方の北朝鮮についても韓国内政、外交がわからないと見誤ることになる。だからこそ、若い世代にも韓国のみならず北朝鮮の動向にも関心を持ってもらいたい。
ところが多くの若い世代は、北朝鮮はおろか韓国の政治、外交にも関心がない。先日、学生と話をしているとき、このことを嘆くと、ある学生が言いにくそうに「あの〜、先生はインド料理お好きですか?」と言うので「好きですよ」というと続けて「インド政治に関心あります?私はインド料理好きですけどインド政治については関心ありません。同じように、韓国料理は好きだしKpopも好きですが、だからといって韓国政治に関心があるわけではないんです」と。ハッとさせられた。中華料理が好きな人が中国政治に関心があるわけでもないだろうし、イタリア料理、フランス料理は好きでも、イタリアの首相、フランスの大統領の名前がすぐに出てくる人は少ないだろう。
学生とのやりとりがあった数日後、自宅の近くに新しいインド料理店ができたので妻と二人で行くことになった。お店で他の客を見てみると、たしかにインド政治に関心があるようには思えないなぁ、とニヤニヤしていると、妻から「なにニヤニヤしてるの気持ち悪い」となじられたので、事の顛末を話すと、「ふーん、そんなこと考えたこともなかったけど、言われて見ればそうね、まぁ、韓国料理が、インド料理や中華料理、イタリア料理、フランス料理と同じになったと思えばいいんじゃない」と。たしかにその通りかも知れない。それでも、たとえば好きなKpopスターが徴兵で芸能活動を中止せざるをえないことなどから韓国政治、朝鮮半島の分断状況に思いをはせてもらいたい、そう思うのは専門家のわがままなのかも知れない。
こんなことに思いをめぐらせているとき、かつて師匠から、「日本にとって朝鮮半島をいろんな意味で特別な地域だから、まずはアメリカやヨーロッパと同じような普通の対象として意識するように努力しろ、そして普通の地域にできたら、次はおまえにとって特別な地域にしろ」、そう言われたことを思い出した。いまや日本の若い世代にとって韓国は普通の対象なのだ。あとはその中の何人かが特別な対象にしてくれればいいなぁ、などとスパイスの利いたインド料理を堪能しながら考えた。