教員コラム 総合政策学専攻
インドネシアでの生活と森での研究(総合政策学 塩寺 さとみ 准教授)
2025年03月06日
昨年10月に南山学会シンポジウムで発表する機会をいただき、「変わりゆく森林と人々の暮らし~インドネシア・カリマンタン島の事例~」というタイトルで発表を行った。本発表では、シンポジウムの趣旨に即してインドネシアの中央カリマンタン州に住んでいるダヤク族の森林利用についてお話しさせていただいたが、実は、私のおもな研究内容にはほとんどヒトの要素は入っていない。
では、インドネシアまで行っていつも何をしているのかと言えば、私の専門は「植物生生態学」であるので、たいていは森に行って樹木の太さや数を測ったり、葉や土を採取してきて、実験室で重さや成分を測ったりしている。調査地は村や森の中でホテルなどの宿泊施設はないため、村長や小学校の教員といった村の有力者の家に宿泊さめさせてもらうことが常である。電気は通っておらず、暗くなると仕事はできない。このため、夜はランプの灯りの下で話をするか寝るしかない。その上、森の中の小屋に泊めてもらっていた時には、料理や水浴びといった生活に要するすべての水を川に頼っていた。森での研究の傍らこのような生活を続けているうちに、自分の研究だけではなく、段々とインドネシアの文化そのものにも興味を持つようになっていったのである。
インドネシアは1,300あまりの民族を擁する多民族国家のため、人々の文化や生活様式はその土地土地で大きく異なる。私はこれまで、西ジャワ州→マレーシア・サバ州(インドネシア・カリマンタン州と同じボルネオ島に位置しており、共通の祖先をもつ民族が生活している)→中央カリマンタン州→リアウ州で調査を行ってきたため、それぞれの調査地で異なる民族と触れ合う機会を得た。
例えば、食べ物ひとつとってもその土地の文化が伺える。インドネシア料理といえば「サテ(Sate)」(日本でいう焼き鳥)が有名である。一般的にはピーナッツソースやケチャップマニス(大豆を原料とした甘いソース)をかけた鶏肉やヤギ肉のものが主流であるが、リアウでは鶏肉+カレーソースのサテ(Sate Padang)が有名である。クリスチャンが多い中央カリマンタンでは豚肉のサテも存在する。ヒンズー教のバリの名物はSate Lilitという様々なミンチ肉とココナッツのサテである。他の料理も同様で、Soto Batawi(ジャカルタ周辺)やSoto Madura(ジャワ島東部)、Coto Makassar(スラウェシ州)のようなそれぞれの町や地域の名前が付いたスープなど、同じ料理でも地域に根差したバリエーションが多数みられるのである。
私は知らない食べ物があればとりあえず試す(生ものを除く)ことにしているので、これまで色々なインドネシア料理を食べてきた。その中でも最も印象的だったのは、とある村の結婚式で供されたビーフルンダン(Beef Rendang)という名の牛肉のスパイス煮込みである。村で調査をしていると、日本人は珍しがられて必ず結婚式などの行事に呼ばれる。ご祝儀を払った人は誰でも結婚式に参加できるシステムで、客には料理が振舞われるのである。新婦の家族によって何時間もかけて大鍋で煮込まれた料理は、レストランでは味わうことのできない格別なものであった。
話をもとに戻すと、自然科学の(特に理学系の)研究というものは、本来、自然そのものの在り方を探求するものであって、そこにはヒトの要素が入りこむ余地はなかった。生態学の研究でも「(ヒト以外の)自然+それを取り巻く環境」というものが長年の研究テーマであったといえる。しかしながら近年では、地球環境問題が人々の耳目を集める中で、生態学の分野においても「(ヒトを含んだ)自然+それを取り巻く環境」というものに焦点が当てられるようになってきたのである。インドネシア料理の知識が私の今後の研究に生かされることはないと思うが、村での特別な経験は、今後の研究におおいに役立つのではないかと思うのである。