教員コラム 総合政策学専攻
新型コロナ感染症と地域研究(総合政策学 平岩 俊司 教授)
2021年09月16日
新型コロナ感染症と地域研究
新型コロナウイルスの地球規模的感染拡大は、現地調査を旨とする地域研究の方法論にも影響を及ぼしている。世界各国での出入国制限のため、コロナ前のように直接現地に訪れることが難しくなり、現地の担当者、専門家、関係者との直接の意見交換ができなくなってしまったのである。もとより、コロナ禍を契機としてオンラインによる国際会議も増え、時間、場所、空間を超えた意見交換の機会が増えたのも事実だ。近隣の韓国、中国は言うに及ばず、アメリカ、イギリス、ロシアなどを繋ぐ会議も頻繁に開催される。こうした会議はこれまでは出張が前提だったため、出席依頼されても様々なスケジュール調整が必要となり、すべて参加できるわけではなかった。しかし、オンラインであればピンポイントでその時間を確保すれば会議に参加できるため、そうした国際会議への参加の数はかえってコロナ前よりも多くなったかもしれない。ただ、オンラインでのやりとりはやはり公式的なもので、かつてのようにコーヒーブレイクや休憩時での直接のやりとりや雰囲気からニュアンス、インスピレーションを得ることはできなくなってしまった。
もっとも、そもそも地域研究は必ずしも現地調査が可能な地域ばかりを研究対象としてきたわけではなかった。たとえば冷戦期、社会主義諸国に行くことには一定の制限があり、現地の情報に直接アクセスすることができず、それゆえ、クレムノロジー、ペキノロジ−など、旧ソ連や中国の公式文献から対象を分析する手法が生まれたのである。しかし、今や北朝鮮のような閉鎖的な地域を別にすれば、現地に直接赴き、担当者、専門家のみならず彼の地の暮らす人々と直接接触することはかつてに比べて容易になった。その意味でコロナ禍の現状では、公式文献、公式見解からその真意に迫る、という従来の方法論の見直さざるをえない状況だ。たしかに直接得られるニュアンス、インスピレーションは重要だ。しかし、地域研究において、公式文献、公式見解をいかに読み解くのかは基本中の基本であり、ニュアンス、インスピレーションはあくまで補助的な役割だったはずだ。ところが、現地調査が可能になってからは、ともするとニュアンス、インスピレーションに偏りすぎてきたきらいがある。コロナ禍は地域研究にあらためて公式文献、公式見解の分析の重要性を再認識させるとともに、ニュアンス、インスピレーションの重要性とその意味を再考させるきっかけとなるかも知れない。状況が落ち着いた後、地域研究は従来のスタイルに戻るのではなく、新たなスタイルへと進化しなければならないし、コロナ禍をその機会としなければならないのである。