教員コラム 総合政策学専攻
総合政策学専攻 野口 博史 准教授
2021年03月12日
『民族紛争研究』とはなにか
世界における紛争を抑制し、なくしてゆくためには、その原因を知る必要があります。国家間、あるいは社会内部の紛争が武力衝突にいたる原因は、国境や領土など隣接する国同士の利害対立、過去における戦争の経験、宗教あるいは言語的、政治体制の相違、移民の増加などさまざまですが、19世紀以降、「民族」の対立も主要な原因となっています。
医学の研究が進んだ現在においては、「民族」という概念に生物学的根拠のないことがあきらかになりつつありますが、20世紀には、これを生物種とおなじようにとらえ、生存競争によって興亡するという「社会的ダーウィン主義」の考えを信じる政治家や学者も存在していました。日本の学界でも、かつては「民族種」ということばがもちいられることもありました。
このように、「民族」が空想のものであることが明白となっても、「ナショナリズム」は残存しています。このことばは、ひとや場合によって「民族主義」・「国家主義」・「国民主義」などさまざまに訳されていますが、こうした訳の多様性自体が問題の「ややこしさ」を反映しています。
国家は会社と同様「法人」ですが、実は法人も「民族」と同様、実態がありません。会社員同士が会社名に「さん」をつけて呼ぶこともありますが、むろん「なになに会社さん」という人間が存在するわけではありません。しかしながら、会社は運営の効率をあげるために本来「モノ」にすぎない会社を便宜的に「ヒト」としてあつかうのです。こうした考えかたを「擬制」とよびます。
国を効率よく運営するためにこれを「ヒト」ととらえ、ここに法的に所属する人間を「国民」と呼ぶことは、おたがいに面識もない人間に効率よく相互扶助をおこなわせるにはよい方法ですが、社会に浸透すると、逆説的に、ふたつの国に属するひとびとが、直接の利害関係もないのに憎しみ合うようにもなるのです。
わたくしの『民族紛争研究』において、こうした問題の抑制や解決、あるいは解消をもたらす方法を解明できればと考えています。
1989年につくられた、第3次インドシナ紛争におけるベトナム・カンボジア戦没者を記念する像。この紛争は両国の国境画定を契機として拡大し、中国軍兵士を含む数十万の人命をうばった。93年以降、カンボジアにおいて反ベトナム感情が強まると、各地に設置されたこうした像が10年間の軍事介入を理想化するものかどうか、破壊すべきか否かという論争も起こったが、政府は保存を決定した。(カンボジア・コムポート市、筆者撮影、2012年8月)