教員コラム 総合政策学専攻 総合政策学専攻
総合政策学専攻 金綱 基志 教授
2019年06月03日
『研究を通じた出会い』
研究を行う過程には、様々な出会いがあると考えています。その一つが、書物や論文との出会いです。私の場合、これまで最も大きな影響を受けた論文との出会いは、1993年にBruce KogutとUdo Zanderによって執筆されJournal of International Business Studies誌に掲載された‟Knowledge of the Firm and the Evolutionary Theory of the Multinational Corporation."でした。企業はなぜ多国籍化するのかという点は、初期の多国籍企業論の大きなテーマの一つでした。そして、当時の代表的な多国籍企業論である内部化理論は、その理由を次のように考えていました。「市場が完全であれば、企業が事業を行うために必要となる活動の調整は、すべて市場に委ねればよい。しかしながら、市場には様々なタイプの不完全性が存在する。そこで多国籍企業という形態での海外進出が、次善の策として用いられることになる。」こうした理論的フレームワークを持つ内部化理論は、その登場以降、多国籍企業研究をリードする代表的な理論となっていきました。
これに対して、KogutとZanderの論文においては、企業が多国籍化するのは市場が不完全なためでなく、組織が市場に対して優位性を持つためであることが主張されていました。つまり、市場が不完全なために次善の策として組織の海外展開が行われるのではなく、市場ではできないことが組織内部では可能となるために、企業が海外進出するのだと考えたのです。また、この論文の中では、そうした組織の優位性の一つが、暗黙知の国際移転を容易にする点であることが述べられていました。この研究は、それまでの内部化理論とは全く異なる視点を有していた点で、私に新鮮な驚きを与えるものでした。そして、その論文との出会いをきっかけにして、暗黙知の移転を容易にする組織のメカニズムとは何かというテーマの探究をしてみたいと考えるようになりました。そうしたテーマをまとめたものが、拙著『暗黙知の移転と多国籍企業-知識の国際移転を可能とする組織メカニズム-』(立教大学出版会)です。このように、ある論文との出会いが、その後の研究テーマに大きな影響を与えることがあると考えています。これから大学院を目指す研究者志望の皆様にも、こうした書物や論文との出会いを大切にしてほしいと願っています。