教員コラム 経営学専攻
8月のカボチャ(経営学 南川 和充 教授)
2026年10月01日
「まだ8月なのに、もうハロウィン?」
先日(このコラムを書いたのは8月下旬でした)、近くのスーパーの特設お菓子コーナーで、オレンジ色の顔たちと目が合いました。外はまだジリジリと日が照りつける灼熱地獄。それなのに、店内のその一角だけはすっかり秋の雰囲気です。皆さんも、同じような光景を見て「いくらなんでも気が早すぎるよ」と、心の中でツッコミを入れた経験はありませんか?
実はこれ、マーケティングの世界では「ホリデー・クリープ(クリスマス・クリープ)」(イベント商戦の前倒し現象)と呼ばれる、世界的な定番現象なのだそうです。"ニッパチ"対策のお店側の「他店より早く売りたい、長い期間売りたい!」という事情も分かりますが、ここで気になるのは、それを見る私たち消費者の心理です。
私たちは、8月のカボチャを見た瞬間に、2つの相反する感情を同時に抱いています。一つは、「まだ夏なのに、勝手に次の季節を押し付けないでよ」という、ちょっとしたモヤモヤ感。そしてもう一つは、「あ、カボチャのお菓子かわいいな。ちょっとワクワクするかも」という、お祭り前夜のような高揚感です。
心理学の視点からこのモヤモヤ感を解剖すると、とても面白いメカニズムが見えてきます。まず、私たちの脳には「今は夏。プールや花火の季節だ」という、これまでの経験で培った、季節感の「枠組み」(スキーマ)があります。そこに「10月末のハロウィン」という強烈な未来のシンボルが飛び込んでくることで、脳の中で「気持ちの悪いズレ」が生じるのです。さらに、現代人はいつも時間に追われています。早すぎる陳列は、無意識のうちに「ああ、今年ももうすぐ終わってしまうのか」という焦燥感が煽られて、「現在の時間を奪われたような不快感」へと繋がることを指摘している解説記事もあります。
しかし、人間は不思議な生き物です。「理屈」では不快感を抱きつつも、「感情」は別の反応を示すことがあります。心理学には「解釈レベル理論」という概念があります。私たちは、時間的に遠い未来のイベント(8月から見た10月末)を考えるとき、コストや必要性といった現実的なことではなく、「楽しそう」「かわいい」といった、抽象的でポジティブなイメージだけで捉える傾向があるのです。
つまり、10月末の本番直前になると、「このお菓子、本当に必要かな? 余ったらゴミになるし......」とシビアになる私たちの脳も、8月の段階では「かわいいから、とりあえず買っちゃおう!」と、ガードがゆるゆるになってしまうのです。お店側は、私たちがまだ「現実的」になる前の、この心理的な隙を突いていると言えるかもしれません。
このように、スーパーの売り場は、私たちの「理性の拒絶(商業主義へのモヤモヤ)」と「感情の受容(先取りへのワクワク)」が火花を散らす、壮大な心理戦の舞台なのです。次にスーパーで季節外れの商品を見かけたら、ぜひ自分の心がどちらに傾いているか、観察してみてください。「猛暑日のカボチャはイラッとするけれど、少し涼しい夕暮れに見ると欲しくなる」なんていう、皆さんの身体の感覚も、この心理戦の勝敗を大きく左右しているかもしれません。
身近な売り場に隠された、人間の心の不思議。上記はその一例に過ぎませんが、こうしたマーケティングや消費者行動に興味を持たれた方は大学院でさらに探求してみてください。
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参考文献
1.解釈レベル理論(時間的な隔たりと、人の物事の捉え方)
* Trope, Y., & Liberman, N. (2003). Temporal Construal. Psychological Review, 110(3), 403-421.
概要:イベントまでの時間的距離(遠い未来か、近い未来か)が、人間の認知の抽象度(高次解釈・低次解釈)を変化させ、意思決定(非計画購買のしやすさなど)に直接的な影響を与えることを実証した基本論文。
2.店舗環境への反発(心理的リアクタンス)
* Brehm, J. W. (1966). A Theory of Psychological Reactance. Academic Press.
概要:自由や選択権が脅かされたと感じた際にその自由を取り戻そうと反発する心理的メカニズムの理論。早期の商業イベント押し付けに対する消費者の「嫌悪感」を説明するベースとなりうる。
* The American Institute of Stress."Christmas creep" - what is it (and how can we navigate it)?
https://www.stress.org/news/christmas-creep-what-is-it-and-how-can-we-navigate-it/
3.順応水準理論(刺激への慣れと感情の希薄化)
* Helson, H. (1964). Adaptation-Level Theory. Harper & Row.
概要:人間が受ける刺激や経験をどのように評価・判断するかは、絶対的な基準ではなく、それまでに慣れ親しんだ「基準点(順応水準)」との比較によって決まるという、知覚と判断の相対性に関する理論。人間は同一の刺激(8月から見続けるハロウィン装飾)に曝露され続けると、それが新たな基準(順応水準)となり、本番を迎える頃には感情的刺激(ワクワク感)を感じにくくなる(Holiday Fatigue)現象を説明しうる。