教員コラム 経営学専攻
数字は人を動かすのか―管理会計と心理学―(経営学 窪田 祐一 教授)
2026年07月31日
先日、南山大学のオープンキャンパスで、「数字は人を動かすのか?――成績表から考える会計学」という模擬講義を行った。高校生に、テストの点数、平均点、偏差値、順位などを思い浮かべてもらいながら、数字が人の気持ちや行動に与える影響について考えてもらう内容である。点数は、それまでの勉強の結果を示す。しかし、その点数を見た後で、「次はもっと頑張ろう」と思うこともあれば、「自分には無理」と意欲を失うこともある。数字は過去の結果を表すだけではない。人の受け止め方によっては、未来の行動を変える力も持っている。模擬講義では、そこから会社の売上、費用、利益、利益率などへ話を広げ、管理会計は数字を計算するだけの学問ではなく、数字を通じて人や組織の行動を考える学問であることを紹介した。
このことは、大学生や社会人にとっても身近な問題であろう。会社では、売上目標、原価目標、利益目標、予算、KPI、部門別順位など、さまざまな数字が用いられている。これらの数字は、会社の状態を見える化し、他者との比較を可能にするだけでなく、成果が良かったか悪かったのかを評価する基準にもなる。さらに重要なのは、数字は現状を表すだけではなく、人が何を大切だと考え、どこに努力を向け、どのような意思決定を行うかにも影響を与えることである。管理会計は、経営者や現場がより良い判断を行うための情報を提供するとともに、組織目標に沿った行動を促す役割も担っている。
では、なぜ数字は人を動かすのだろうか。この問いを考えるうえで、従来から管理会計研究では心理学の知見が積極的に取り入れられている。Birnberg et al. (2007) は、管理会計の効果は、会計数字や報酬制度そのものによって決まるのではなく、人がそれらをどのように理解し、目標や他者との比較、公平感などと結び付けて心理的に受け止めるかによって左右されることを指摘している。
例えば、目標設定理論によれば、具体的で難しい目標は、人の注意を目標に関連する活動に向けさせ、努力の強さと持続性を高める。社会的比較理論によれば、人は自分の業績や成果を平均や順位、同僚などとの比較によって評価する。同じ点数や利益でも、比較対象が変われば受け止め方も変わり、次の行動も変化する。フィードバックに関する研究では、数字は単なる結果ではなく、次に何を改善すべきかを考えるきっかけとなり、人の行動を方向づけることが示されている。
もっとも、数字が常に望ましい行動だけを引き出すとは限らない。売上だけを目標にすれば利益や顧客満足度など他の重要な成果が軽視されるかもしれないし、ランキングなどによる過度な競争は協力を妨げることもある。Wibbeke and Lachmann (2020) は、相対的業績情報に関する研究を整理し、それが望ましい努力を促す一方で、競争の激化などにより否定的な感情を生み出したり、努力の方向を誤らせたりするなど、望ましくない心理的・行動的影響をもたらすことを指摘している。加えて、近年ではパーソナリティ心理学の研究も進み、同じ評価や報酬制度であっても、人によって反応が異なることが明らかになりつつある。
このように考えると、管理会計制度を設計する際には、適切な業績指標や測定尺度を設定するだけでは十分ではない。何を数字で測定するのか、誰と比較するのか、どのように伝えるのか、そして、その数字を人がどのように受け止めるのかまで考えなければならない。
「数字は人を動かすのか、それとも人が数字を動かすのか」。この問いは、残念ながらオープンキャンパスの模擬授業では時間が足りず、高校生に問いかけられなかった。
答えは、おそらくその両方である。人が努力し、工夫し、意思決定を行うことで数字が生まれる。そして、その数字を見た人が、再び行動を変える。この循環を理解し、より良い方向へ導くことこそが、管理会計の重要な役割である。数字の先には、いつも人がいる。だから管理会計は、数字を計算する技術ではなく、数字を通じて人と組織を理解し、より良い行動へ導くための学問なのである。
参考文献
• Birnberg, J. G., Luft, J., and M. D. Shields (2007). Psychology Theory in Management Accounting Research. In Chapman, C. S., A. G. Hopwood, and M. D. Shields (Eds.), Handbooks of Management Accounting Research (Vol. 1, pp. 113-135). Elsevier.
• Wibbeke, L. M. and M. Lachmann (2020). Psychology in Management Accounting and Control Research: An Overview of the Recent Literature. Journal of Management Control, 31(3), 275-328.
