教員コラム 経営学専攻
手帳に書き残された稲盛和夫の企業家精神(経営学 中島 裕喜 教授)
2023年03月16日
昨年8月に京セラ株式会社の創業者で名誉会長の稲盛和夫氏がこの世を去りました。1959年に30名足らずの町工場として出発した京セラは、現在は従業員8万人を超えるグローバル企業です。その歩みは戦後日本が豊かさを手に入れ、世界有数の先進国へと成長した軌跡に重なります。私は残念ながらご本人にお会いしたことはないのですが、2020年から同社の稲盛ライブラリーが主催する「稲盛和夫研究会」に参加し、稲盛氏の様々な事績に触れる機会に恵まれました。その中で閲覧を許された、ライブラリーが所蔵している稲盛氏の『直筆手帳』は大変興味深いものでした。近年では稲盛氏と言えば第二電電(現、KDDI)の創業、日本航空の経営再建、京都賞の創設といった社会貢献活動で知られているかと思います。また「敬天愛人」という言葉を座右の銘とし、「利他の精神」の重要性を説く稲盛氏の哲学も多くの人々の関心の的になっています。しかし私が『直筆手帳』に見た稲盛氏は厳しいビジネスの世界で格闘する、極めて現実的なビジネスマンでした。セラミック部品のサンプル提出納期や品質基準、顧客クレームへの対応、工場で部下に与える指示などが小さな文字で詳細に書き残されており、そこからはなんとしても京セラのセラミック事業を成長軌道に乗せることへの強い意志が溢れています。稲盛氏は創業時に「世界一の会社になろう」と気宇壮大な夢を語ったそうですが、それをただの見果てぬ夢に終わらせるつもりはないということが、日々の気迫あふれる仕事ぶりの中に現れているように私は感じました。その一方で厳しいだけでは部下はついてこないという人間の心の機微も良く理解されていた方のようです。創業メンバーのお一人にお話を伺うと、「怒るときはものすごく怖いけれども、そのままにすることはなく、なんで失敗したかを説いて、必ずフォローしてくれた、そういう気遣いがすごい」と語っていました。気宇壮大な思いと現実的な行動力、人を圧倒する気迫と繊細な気遣い、こうしたアンビバレントな人間性を絶妙なバランスで保っているところに、稲盛氏の企業家としての優れた特質を見ることができるように思います。経営を学ぶ方法は様々ですが、表面的なテクニックに走るのではなく、人を見つめることの大事さを教えてもらった気がします。※写真は稲盛氏が京セラを創業した1959年頃のもの(京セラ・稲盛ライブラリー提供)