教員コラム 経営学専攻
アントレプレナーシップと管理会計 (経営学 窪田 祐一 教授)
2023年02月01日
アントレプレナーシップと管理会計は,一見無関係にみえるかもしれない。本コラムでは,それらを関連づける紹介をしたい。そもそもアントレプレナーは,創業者に限らず,イノベーションを構想し,リスクを取りながらも,その実現を図るような人々であり,学術研究では「企業家」と訳出されている。アントレプレナーシップは,このアントレプレナーの活動や行動のことであり,アントレプレナーがコントロールできる資源にかかわりなく機会を追求しようとするプロセスに表れる。
経営学では,このアントレプレナーシップ領域の研究が急速に拡大している。背景には,ビッグテックに代表されるような急成長するスタートアップ企業の存在がある。管理会計の領域でも,このような企業への関心から,スタートアップ企業でのマネジメント・コントロール・システムの採用や利用が,これらの企業の経営の成否に関係があるものとして調査が進められている。
スタートアップ企業は倒産率が高いといわれるが,低成長経済下では,急成長するようなスタートアップ企業を生み出すことが社会的に求められることになる。しかし,日本ではユニコーン企業の数がそうであるように,まだまだ少ないようである。スタートアップ企業では,生き残るために,また急成長を果たすために,資金調達が重要であり,キャッシュ・フローの管理が欠かせない。それゆえ,アントレプレナーは,管理会計リテラシーを持ち,その会社にとって注目すべき情報が入手できるようなマネジメント・コントロール・システムを構築しなければならない。少なくとも許容可能な損失すら把握できていないようでは,事業機会の追求はできないといえる。
他方,企業が成長すると組織は硬直化することになり,急進的なイノベーションを起こすためには社内にアントレプレナーのように行動できる組織メンバーが求められるようになる。最近の管理会計研究では,このような組織メンバーを生み出すための「企業家的ギャップ(entrepreneurial gap)」という概念に注目が集まっている。この概念は,組織メンバーに資源に対する管理権限を越えてアカウンタビリティを求めることであり,これまでの常識とされてきた管理可能性原則(権限と責任を一致させなければならないとする原則)に反するものである。そこでは,「人々は経営資源が足りなければ,創造性を発揮し,何とかして問題を乗り越えようとするだろう」と考えられているのである。もし,あなたが大企業に勤めていて,与えられた目標を達成する上で経営資源が足りていないと感じているとするならば,会社はあなたにアントレプレナーのような行動を求めているのかもしれない。
いずれにせよ,近年,アントレプレナーシップ領域に関わる管理会計研究が求められており,そこには解明しないといけない研究課題が多く残されている。