教員コラム 経営学専攻
2018年度経営学専攻主任 安田 忍 教授
2018年10月26日
「会計、監査と中国の思想」
大学院の授業では、会計学、財務会計論、監査論(以上、博士前期課程)、社会科学研究特論(博士後期課程)、研究指導を担当しています。
経営学専攻博士前期課程において会計学に関する研究を行い、修士の学位を取得すれば、税理士試験において「会計学に属する科目(簿記論、財務諸表論)」のいずれか一科目の試験が免除されますが、平成13年の税理士法改正の影響なのか、会計科目の免除希望者が税法科目の免除希望者に比べて少なくなっているのが残念です。
研究では、企業の会計不正を手がかりに、財務会計および監査の課題を明らかにすることを主要なテーマにしています。わが国でも近年、オリンパスや東芝など一流大企業での会計不正が明らかになりましたが、これまでの会計規制や監査制度のどこに問題があったのか、そして、今後どのような改善が考えられるのかを模索しています。
会計不正は、「不正のトライアングル」理論では、動機、機会、正当化の3つの要素がそろった時に起こりやすいといいます。動機や正当化は、不正行為者の心のあり方(道徳心)の問題ですが、機会はそれを実現する手段であり、いかに機会を制限していくかは制度のあり方の問題といえるでしょう。
渋沢栄一は、大正時代の初めに、経営はソロバンだけでなく道徳が必要であると述べていました。当時から、目先の利益に捕らわれる経営者が多かった証左でしょう。よく立ち寄るJR名古屋駅コンコースの書店では、今、彼の『論語と算盤』(渋沢栄一著、守屋淳訳『現代語訳 論語と算盤』ちくま新書)が平積みで販売されているのですが、まさに時宜にかなった本ということで重刷されているようです。
他方、「論語」や「孟子」に対比される「荀子」や「韓非子」は、人の性は悪ゆえに不正を起こすので、法律で統治し、罰によって犯罪を防ぐことのほうが人に優しいと主張していました。つまり、不正を行おうにも行えない制度を作ればよいということです。
どちらも、言うは易く、行うは難しといったところでしょう。会計基準は、細則主義のほうがそれを悪用した不正が行われやすいとして、原則主義に移行しています。一方、監査基準は、監査人が懐疑心を発揮して監査することを重視するようになりました。どちらも今までとは逆の方向に動いています。このことは、いわゆる「中庸」が大切ということになるのかもしれません
誰もが小さい頃から何とはなしに身近に触れてきた中国の思想ですが、会計や監査を考えるヒントにならないかと思い(本当は、単純に読んでみたくなるだけなのだけれど)、ときどきこれらをひもといて眺めたりしています。