教員コラム 経済学専攻
研究者の道の選択と貴重な没頭「無心」の時間との出会い(経済学 前林 紀孝 教授)
2026年02月27日
私が経済学で研究者の道に進んだのは自分でなろうと思って選択したのではない。大学院での指導教員の二神孝一先生から、「大学院に進んではどうですか?」とメールをいただいたことが発端でした。当時、経済成長理論で年金目的消費税の分析を卒論でやりたいと思い、先生からいくつかアドバイスをいただいていた。
しかし、すでにこのメールをいただく前に、民間企業から内定をいただいていたのでそこに就職したのである。ところが働いてみて、自分には働いて働いて働きつくすという生き方は向いていないことを思い知り、早々と辞めて大学院試験を受けて研究者になる覚悟を決めた。
研究者の道を進んでからも、いろいろとたいへんで時間はかかったが、今になって思いなおしてみれば研究者の道が自分には向いていたと思う。研究に没頭しているとき、特に分析から明らかになる独特の世界に身を投じ「無心」になっているとき、嫌なことや雑念から解放されるからだ。 また、うまく構築できた経済モデルの結果はとてもクリアで美しいのだ。(今は亡き二神先生と飲んでいるときには、「だからこっちを選んで正解だっただろが」とよく怒られた。)逆に、どうしたらよいかわからず、対象が漠然としているとき、具体的な形や作業内容が明確になるまでがしんどく、いつも試行錯誤しながらもがいている。楽しいときの方が少なく、しんどい作業の方が圧倒的に多い。
ただ、本当に運のいいことに、研究が止まって困ったということなく今のところ研究を継続できている。研究費や研究時間の削減が深刻化する中、できる限りそれらを回避できた周の環境も要因として大きいと思う。AIが作業を短縮してくれるようにもなっている。人生も折り返し点に達しようとしている今日この頃、「無心」になって没頭できる対象と時間に巡り合えたことに感謝し、これからもそれらを大切に生きていこうと思う。