教員コラム 経済学専攻
新たな貿易摩擦のゆくえ(経済学 太田代 幸雄 教授)
2025年05月01日
前回,私が当コラムに「コロナ禍における国際貿易のゆくえ」と題して投稿して,約3年が経過した。その間に,パンデミックの問題はある程度の解決を見出し,国際的な経済活動は元の状況に戻るであろうと考えられてきたと言えるであろう。
しかしながら,昨年11月のアメリカ大統領選挙の後,このような空気は一変してしまったように感じている。アメリカ合衆国はカナダ,メキシコというNAFTAメンバー国からの輸入に25%の関税を課すと発表し,私がこの文章を執筆している時点で(日本時間3月5日),カナダもアメリカに対して報復関税を課し,WTO(世界貿易機関)などに紛争解決の申し立てを行うとトルドー首相が発表した。さらに,メキシコのシェインバウム大統領も対抗措置に出ると見られている。もちろん,この政策は自らが参加している上記自由貿易協定メンバー国のみならず,日本・EUを始めとした他の国々にも適用される見通しである。特に,アメリカと中国との間では,2018年以降,「米中貿易戦争」と呼ばれる状況が続いている状態である。
このようにアメリカが諸外国からの輸入に対して高い関税を課す目的の1つは,自国内に工場等を設立し,国内雇用を活性化することであると言われている。しかしながら,このような高関税政策によりその目的は達せられるのであろうか? もちろんアメリカ国内に新たな工場を建設すれば,アメリカの雇用は高まるかもしれない。しかしながら,現在,世界における大企業の多くは,その企業本社が存在する国のなかでのみ生産活動を行っている訳ではない。(この内容は,前回コラムにも書かれている通りである。) グローバル・バリュー・チェーン(以下GVC)と呼ばれる,多国間に渡る生産プロセスを経て,やっと完成品が出来上がることが多いと言える。つまり,アメリカ国内の工場で商品を生産するには,他国から中間財(原材料や部品等)を輸入する必要が生じる訳である。ここで,アメリカが高関税を課すことは,中間財輸入にも関税が付加され値上がりする,つまり生産コストの上昇をもたらす可能性が高いことを忘れてはならないように思う。
また,現実的に考えて,世界各国の企業は,この高関税賦課により本当にアメリカ国内に工場を建設するのであろうか? GVCの再構築を考慮に入れ,世界各国にある自社の生産体制を見直す必要がある。例えば,日本には,NAFTAのメンバー国であることを理由にメキシコに工場を設立している自動車企業がある。このメキシコ工場を以降どのように運営し,アメリカの何処に新たな工場を作るかなど,数年で解決するとは限らない。少なくとも,速やかにアメリカ国内に世界中の企業の工場が集まるような状況は,現時点では想像し難い。
さらに,国際経済学の講義では,「輸入関税の賦課は,消費者に対しては消費税,生産者に対しては生産補助金,という2つの政策を同時に実施していることに等しい」という内容を学習する。このことが指し示していることは,輸入関税は基本的に消費者に対しては物価を上昇させる政策であるということである。トランプ大統領は,選挙時にバイデン政権において生じたインフレーションを批判材料にしてきたが,この政権における政策はインフレを加速させる可能性を有していると考えられる。
以上の事柄を考えると,もしトランプ政権が高い輸入関税を課すという政策が他国に対する単なる脅しでないのであれば,アメリカ経済がこの数年で非常に良くなるということは現実的ではないように思われる。そして,この政策は,他国の経済状況をも悪化させる政策であるということも忘れてはならない。依然として,国際貿易の重要性について痛感させられる毎日が続いている。