教員コラム 経済学専攻
オーストラリアの光と陰(経済学 岸 智子 教授)
2024年12月18日
オーストラリアのゴールドコーストに、Bond University という私立の大学がある。自分は2004年9月から2005年8月まで、ここのビジネススクールに訪問研究員として「留学」し、それ以来、コロナ禍の時期を除くと毎年のようにこの大学を訪問している。ビジネススクールで一週間ほど研究室をお借りし、セミナー(研究会)で研究報告をさせていただくことが多い。
この大学の南側でバスを降りると、すぐ右手にビジネススクールが見える。北にアーチ型の建物があり、アーチをくぐるとUniversity Lakeと呼ばれる湖が見えてくるが、これはLake Orrという汽水湖につながっている。地図を見ると、汽水湖の南端部分であるUniversity Lakeが大学の敷地にはいり込む形になっていることがわかる。
研究室は非常に静かで、研究に集中できる。そして、構内は自然豊かで、さまざまな鳥のさえずりに満ちている。よく見るのが五色のインコ(rainbow lorikeet)で、高い木の枝にぶら下がって花の蜜を吸ったり、集団で鳴きかわしながら飛んでいたりする。頭の黒いトキ(Australian white ibis)が構内を闊歩し、白黒まだらでカラスほどの大きさのマグパイ(magpie)が芝生で昆虫などを探している。さらに大学の敷地から出てLake Orrの周囲を歩くと、クイナの仲間の水鳥や魚を捕るワシなどに出会い、夏には黒鳥を見ることができる。鳥たちは人間の近くで悠々と暮らしている。
なぜこの大学を毎年訪問しているかというと、豊かな自然の中で仕事に集中できるからでもあるが、時間の制約から離れられるからでもある。自分は仕事が遅く、何をやっても制限時間内にきちんとできない。そのため、いつも締め切りに追われているような気がしているが、ここに居る時は、日本にいる時ほど時間に縛られないので気楽である。ここの人たちが時間に関し、どちらかと言うと大らかであることは有難い。
このようなわけで、Bond University では、半ば夢を見ているような気持ちで過ごしている。しかし、コロナ禍以降は、以前と異なる現地の実情が見えるようになっている。
まず、物価の高騰は日本以上に深刻である。2023年8月に訪問したとき、消費者物価上昇率は約5%と聞いていたが、学生食堂のランチや飲みもの等の値上がりはそれを上回っていた。2024年8月に訪問した時にはコロナ禍以前の2019年と同じ家具付きアパートに泊まったが、宿泊費が2割ほど上がっていた。家賃が高騰しているため、家具付きアパートを2-3人で借りている学生が多いという話も聞いた。
次に、経済成長の鈍化が目に見えるようになっている。オーストラリアの経済は21世紀初頭から好況続きで、不況から抜け出せない日本とは対照的であったが、ここへ来て急激に減速している。2024年の経済成長率は1%未満と推定されている。オーストラリア有数の観光地ゴールドコーストにも、コロナ禍以前ほどの賑わいはなく、喫茶店、土産物店などの数は減っている。
ゴールドコーストの海岸は南北57キロにわたり、淡いベージュ色の砂浜が延々と続き、その向こうに紺碧の海が広がっている。晴れた日には海が紫色、群青色、淡青色、緑色のグラデーションを見せ、夕日が砂浜を金色に輝かせる。海岸には場所によりいろいろな名前がつけられており、特に有名なのがSurfers Paradiseであるが、観光客でごった返していることが多く、より落ち着いた趣が感じられるのは、その南のBroadbeachである。
Broadbeach海岸から東に約1キロ行くとPacific Fairというショッピングセンターに着く。高級ブティック、ケーキ店、ドラッグストア、スーパーマーケットなど400を超える店がひしめき、観光客にとっても現地の人にとっても人気のスポットになっている。ところが2024年8月には、ここで意外なものを見た。Pacific Fairとバス停との間の道に、ホームレスと見られる男性が座り、紙の箱をもって通行人に1ドル硬貨を求めていたのである。ゴールドコーストでこのような光景を見たのは初めてだった。
自分は以前、ゴールドコーストの光の部分だけを追い求めていたが、今は陰の部分を見ているのかもしれない。しかし、それだけではなく、何かが変わったような気がする。コロナ禍や世界各地の紛争や気候変動の影響で、21世紀にはいってから順調だったオーストラリアの経済も、根本から変化したのではないかと考えている。