教員コラム 経済学専攻
直接投資と現地化の進展: 日本企業はなぜ"ヒトの現地化"が遅いのか?(経済学 林 尚志 教授)
2024年04月01日
<はじめに: 「悪玉vs.善玉」と関わる"もう1つの要因">
これまでの2回のエッセイでは、筆者が経済学専攻で担当する「開発経済学」や「日本・アジア経済関係論」と関連づけながら、『戦後、"先進国からの進出企業"による途上国への"直接投資"が、各国の経済発展や人々の生活に"功罪相半ば"する形で大きな影響をもたらしてきた』というテーマに注目するとともに、従来の諸研究では、「その"善悪"を左右する"第1の要因"として、途上国政府による"直接投資誘致政策"のあり方」が指摘されてきた点を紹介しました。すなわち、1970年代以前の"内向き型政策"の時代には、「手厚い保護のもと、限られた国内市場向けの生産で雇用の伸びが限られる一方、進出企業が得た収益は本国に送金される」(悪玉)ケースが多かったのに対し、1980年代以降の"外向き型政策"の時代になると、多くの国で「輸出可能な部門が徐々に育つ中で生産や輸出・雇用が拡大し、進出企業が得た収益は輸出拡大に向けて現地で再投資される」(善玉)ケースへという潮流変化がみられたというお話でした。
今回も引き続き「先進国からの直接投資が途上国にもたらす影響」というテーマに注目しますが、今回は、「その"善悪"を左右する"もう1つの要因"」として「海外子会社における"現地化"の問題」、すなわち、「進出企業側が、どこまで現地に深く技術を伝え、現地人材の育成に取り組むのか」という問題を紹介するとともに、この問題と関わる「欧米系企業と比べた場合の日本企業の特徴」についても論点を広げてみたいと思います。
<"現地化"の問題と「悪玉ケースvs. 善玉ケース」>
すなわち、"現地化"の問題に関し、進出企業が現地化に真剣に取り組まない"悪玉ケース"とは、「現地子会社は、低賃金労働力を生かした単純な加工や組み立て工程のみしか手掛けず、部材や設備機械等についても、その大半は本国をはじめとする海外からの輸入に頼る」という場合です。この場合、確かに進出企業による直接投資は現地に雇用や輸出の拡大をもたらすものの、彼らの進出は単に現地で「飛び地」を形成するだけで、現地経済の長期的な発展につながる"人材・技術面での波及効果"を十分にはもたらさないとして、受入国側から批判されてきたのです。
一方、進出企業が現地化に積極的に取り組む"善玉ケース"とは、「現地子会社が、単純な工程とともに、徐々により高度な技能や技術を用いる作業や工程に取り組むとともに、部材や設備機械等についても、自社内での内製化や現地系企業からの外部調達を進めるようになる」という場合です。この場合、現地系企業との間につながりが生まれるとともに、現地子会社内および現地系企業に勤める各種の人材に「学習と活躍の機会」がもたらされるため、彼らが現地経済の次代の担い手となる効果が期待されてきました。
このように、進出企業による現地化の進展は、現地経済の発展に有用な「スピルオーバー(技術の波及)効果」をもたらす重要な取組みとして理解されるとともに、この効果を促すべく、現地政府によって、(1)部材の一定比率の現地調達を義務づける政策、(2)現地人材の教育・訓練に対する補助金の支給、(3)設計・開発活動の拠点を設けることに対する税制上の優遇政策等々、各種の支援策が行われてきました。また、開発経済学の分野においても、「直接投資を通じた技術的なスピルオーバー効果」の大きさを定量的に把握するとともに、この効果を高めるうえで有効な支援策のあり方について考察が進められてきたのです。
<日本企業の「"ヒトの現地化"の遅れ」をめぐって>
一方、多国籍企業の国際展開のあり方を考察する国際ビジネス研究の分野では、「進出企業による現地化の取組み」に深く関わるテーマとして、「現地人材の登用の程度」に関する研究が進められてきましたが、数多くの研究で「日本企業の現地人材登用の取組みは、欧米系企業よりも大きく遅れている」という結果が指摘される中、その含意をめぐって「日本企業は現地化に消極的である」という説(日本企業"悪玉"説)と「日本企業は必ずしも消極的とは言えない」という説("悪玉"とは言えない説)の双方が議論されており、以下では、これら議論の要点を紹介します。
まず、「日本企業"悪玉"説」では、「日本企業では、本社から派遣される日本人駐在員が経営トップをはじめとする要職を占め続ける傾向が強く、そのため現地人材にとっては、幹部への昇進スピードが遅く、登用の機会も狭くなり、(ア)優秀な若手現地人材ほど日本企業に魅力が感じられず、仮に入社しても容易に転出する、(イ)若手現地人材に成長・活躍の機会が限られ、彼らが得意とする"現地資源の活用"や"現地市場の開拓"の面で後れをとりやすい、等の悪影響が指摘されてきました。
一方、「日本企業が"悪玉"とは言えない説」では、確かに現地人材の登用を早めた場合、上記(ア)&(イ)の問題は軽減されるものの、「無理やり登用を早める」ことによって、(ウ)本社からの技術や知識の移転が不十分となって現場で問題が生じる、(エ)本社と現地拠点との間のコントロールやコミュニケーション面での問題が生じ、両者が目指す目標についても齟齬が生じる等、新たな問題が生じるため、「無理な登用は進めるべきでない」との指摘がなされてきたのです。また、この説と関連し、「日本企業における"登用の遅れ"の背景」についても、議論が重ねられてきました。すなわち、欧米系企業の場合は、職務や技能に関して「形式知化」が可能な部分が多く、現地人材の育成を進めるうえで「マニュアルを活用できる可能性」が高いのに対し、日本企業の場合は、「現場で一定の文脈を学び、共通の経験を重ねることで共有される"暗黙知"」の役割が大きく、現地人材の育成にあたり、「ヒトが現場で直接教えること(OJT)」が必要となるため、どうしても時間がかかるというのです。
さらに、石田(1982、1995等)は、日本企業の特徴に関する上記の論点を「グレーゾーン」という概念を用いて説明しました。すなわち、日本企業の場合は、欧米系企業や現地系企業と比べると「職務の内容や範囲が明確に定義されていない"グレーゾーン"」が相対的に大きい中、日本人従業員の場合は、「この領域についても柔軟に協力して対応しようとする意識」(グレーゾーン対応意識)が強い一方、現地人従業員の場合は、「明示的に与えられた職務に対して責任を果たそうとする意識」(明確責任分担意識)が強いため、現地子会社では、両者の間で"ミスマッチ"が生じ、"グレーゾーン"への対応が疎かになるというのです。
<次回に向けて>
これらの議論をふまえるならば、「日本企業は"ヒトの現地化"が遅いから"悪玉"である」と決めつけるのではなく、「まずは"現地化の遅れ"をもたらす"ミスマッチ"が生じるメカニズムを探り、この問題を軽減しつつスムーズな現地化を図ることこそ肝要ではないか」という考え方もありえます。
筆者も従来、このような問題意識を念頭に、日本企業における現地人材の育成や登用に関する現地調査を重ねつつ、「日本企業はどのような形でミスマッチの問題に直面し、その軽減に取り組んできたのか」という疑問をさぐってきました。また、現地子会社におけるこれらの取り組みは、技術的停滞が懸念されている日本本社にとっても活かすべき貴重な経験が含まれる可能性もあるようです。次回は、海外拠点における現地人材育成をめぐるこれらの論点につき、紹介をさせて頂けたらと思っています。
【関連する文献等】
* Gong, Y. (2003) Subsidiary Staffing in Multinational Enterprises: Agency, Resources, and Performance, Academy of Management Journal, 46 (6): 728-739.
* Todo, Y, and Miyamoto, K. (2006) "Knowledge Spillovers from Foreign Direct Investment and the Role of Local R&D Activities: Evidence from Indonesia," Economic Development and Cultural Change, 55(1): 173-200.
* Harrison, A. and Rodriguez-Clare, A. (2010) "Trade, Foreign Investment, and Industrial Policy for Developing Countries," Handbook of Development Economics, 5th edition (Rodrik, D. and Rosenzweig, M. R. eds): 4039-4214.
* 石田英夫 (1982) 「日本型ヒューマン・リソース・マネジメント:過程と構造」『日本労働協会雑誌』24(12):13-22.
* 安室憲一 (1982) 『国際経営行動論』森山書店.
* 吉原英樹 (1996) 『未熟な国際経営』白桃書房.
* 大木清弘 (2013)「国際人的資源管理論における日本企業批判 日本人海外派遣者問題の再検討」組織学会(編)『組織論レビューⅠ 組織とスタッフのダイナミズム』白桃書房, 1-42.