教員コラム 経済学専攻
コロナ禍と自殺:コロナ禍は現代日本の問題を映しだす?(経済学 阪本 俊生 教授)
2021年07月30日
コロナ禍と自殺:コロナ禍は現代日本の問題を映しだす?
昨年から、どこもかしこも新型コロナの話題で埋め尽くされていますが、このできごとは、自殺を社会学の観点から研究する私にも大きな関心事です。これが日本の自殺にどのような影響を与えてきたのでしょうか。
社会学には、人びとのつながりや連帯が自殺を抑制すると考える伝統があり、人びとの絆や連帯は自殺を防ぐと考えます。その一方で、昨年からはソーシャル・ディタンスや三密が叫ばれ、職場や学校にもリモートが取り入れられ、人びとの接触すら難しくなりました。そうしたなか、人と直接会えないのがつらい、コンサートやイベントも開けないし参加もできない、帰省もままならない。こうしたなか、人と出会えないつらさを感じてきている人びとも多いのではないでしょうか。だとすれば、コロナ禍はまさに自殺を増やす要因といえるでしょう。
でも実際には、社会はそれほど単純ではありません。人との接触が多かったり、絆が保たれたりすることで自殺が抑止されるというのも、その社会によりけりといった面もあります。もちろん、孤独や寂しさから自殺が促進されるということもなくはないでしょう。会いたい人に会えないことはストレスです。しかし、社会には会いたくない人に会わねばならない、というストレスもあります。そして、自殺においては、前者もさることながら後者から生まれてくるケースも多いのです。
典型的には、例えば学校でのいじめや職場でのハラスメントなどです。子どもの自殺は夏休みが終わる前後で増えることはよく知られています。あるいは、一般に自殺は、週末の金曜日や土曜日に少なく、週明けの日曜の夜中から月曜日の午前にかけて多くなります。自殺研究の名著『自殺論』で、デュルケムは女性が人と接する機会が多くなる日曜日に、女性の自殺が増えることを指摘しています。
コロナ流行の懸念から緊急事態宣言が発せられ、職場の多くがリモートとなり、学校も休校やリモートとなった昨年(2020年)、5月頃まではそれまでの年に比べ、実は自殺者はかなり減少しました。ところが、6月に緊急事態宣言が解除され、職場や学校が再開されるようになった頃から自殺者は増えていきます。またこれによる経済的損失や失業による貧困からの自殺者増も懸念されましたが、警察庁のデータによれば、生活苦や経済的理由の自殺はほとんど増えませんでした。原因や因果関係はいまのところ突き止められていませんが、この事実は示唆的でもあります。
もちろん、人間にとって社会との関わりは重要です。でもそれは、社会が自分を受け入れ、認めてくれるからではないでしょうか。人びとは皆、自分を支えてくれる社会を求めますが、社会が自分にとって否定的な存在でしかないなら避けるしかありません。人間にとって、これほど悲しいことはないのではないかと思われます。
現代が、他人と距離をおくことでかえって自殺が減る社会だとすれば、これは人間にとってなんて不幸なことでしょう。他人と接することで、かえってつらくなる人びとが一定数いる。こうした状況は、おそらくどの社会にもある程度は見られるかもしれません。しかし、このような人びとの割合は、できれば小さい方がよいでしょう。それが増えてしまうのは大問題です。
ところで、いまの社会はどうでしょうか。これに目を向けると様々な社会現象が思い浮かびます。不登校や引きこもり、あるいはストーカー問題も、社会から距離をとりたいという問題です。かなり前のことですが、ある神社の社会調査で、そこの絵馬を調査したのですが、それらには「○○さんと別れられますように」とか「××さんが2度と私の前に現れませんように」といった願い事がいっぱいで驚きました。先ほどの、自殺のデータはこれと関連しているようにも見えます。
これまで私たちは、人びとが自由を謳歌できる社会へと向かってきました。もちろんこれは素晴らしいことです。しかし、その一方で上記のような問題も起こってきました。現在のコロナ禍の問題を見ても、マスメディアや多くの人びとが経済のことばかり気にしているのが目につきます。かつて私たちは、経済的に豊かにさえなれば生きやすくなると信じてきました。しかし、そうでもなさそうです。今日、私たちは人との関わりをどのようにつくっていけば、より多くの人びとに生き心地のよい社会になるのか。これが現代の日本の課題であり、コロナ禍を通じてそれがあぶり出されてくる可能性もある、と実感される今日この頃です。
コロナ禍と自殺に関しては、今年、以下のような論文を書きました。
「新型コロナ問題と2020年における日本の女性自殺者の増加-男女共同参画の障壁としての日本社会の道徳問題-」『東海社会学会年報』第13号、pp.20-45(26p.)、2021年7月
「経済格差とフェイスから見た自殺:Erving Goffmanの社会学とGeorge A. Akerlofのアイデンティティ経済学を手がかりに」『精神科治療学』36号、pp.1-7、2021年7月
またコロナ禍とは無関係ですが、昨年、次のような本を出しています。
『新自殺論:自己イメージから自殺を読み解く社会学』(共編著)、青弓社、2020年5月。