教員コラム 経済学専攻
名古屋城の「怪異」を探す(経済学 林 順子 教授)
2021年10月01日
名古屋城の「怪異」を探す
かりにも「社会科学研究科」のコラムのタイトルとしてこれはどうかと穴に入りたい気持ちだが、コラムのお題は自由で近況報告でも良い筈と割り切って、最近やっと終わった「専門分野外」の仕事について書くことにした。場違いな話になること、どうぞお許しいただきたい。
さて、世間では「城に怪異はつきもの」という認識があるそうで、以前、城下町や城郭についての研究会に参加させていただいたのが縁で、名古屋城の怪異現象についての原稿執筆のお誘いを受けた。一般書とはいえ専門外の企画に乗ってしまったのは、名古屋城ほどの大きな城郭ともなれば研究も大量にあり、そこには怪異の逸話を収集した研究もあるだろう、と考えたからである。
そもそも、講演、原稿などでいささか専門外の内容を頼まれるのは、私に限らず、珍しいことではないと思う。そうした依頼を受けた場合に先ず行うのは、先行研究の探索だ。先駆者がどのような文字資料に基づいて研究されているかがわかれば、その資料を入手して自分の目で見直す。その過程で、類似の内容の資料がどの資料集、どの資料館にありそうかもわかってくる。とっかかりは先行研究なのである。
というわけで、数多ある名古屋城史研究をかき集めた。しかし、繰っても繰っても怪異現象の話に行き当たらない。よくよく考えてみれば、ニュースの隅で紹介される名古屋城のエピソードといえば天守の黄金井戸や金シャチ泥棒柿木金之助くらいで、一般の方々の気を引くような怪異現象の話があれば、とっくに取り上げられているはずなのである。
嫌な予感がしつつ名古屋城本をめくる私の目に飛び込んできたのは、名古屋郷土史の第一人者、市橋鐸氏が「金鯱城噂話」『名古屋城紀聞』名古屋市文化財調査保存委員会、1959年に載せた「とかく仇っぽい説話に乏しい」の一文で、ここで氏が紹介されたのも残念ながら、ビッグサイズの蜘蛛の噂やら例の金シャチ泥棒の話くらいであった。
これはまずいと編集者に相談すると、犬山城ならどうですかとのこと。そこで名古屋城と並行して犬山城史研究も集めてみたが芳しくない。『犬山市史』執筆時にお世話になった犬山市文化資料館にも電話で問い合わせてみたところ、たまたま来館されていた地元のかたにご親切に訊いてくださったが、そうした怪しい現象の話はないとのことであった。「城に怪異はつきもの」などと誰が言ったのか。いっそ「尾張の城に怪異の伝承が無いのが、怪異である」と締めようかとさえ考え始めた。
結論を言えば、原稿は何とか仕上がった。先行研究に頼るのをあきらめ、江戸時代に記された名古屋城の資料集「金鱗九十九之塵」上巻(名古屋市蓬左文庫編『名古屋叢書』第六巻、名古屋市教育委員会)および「金城温古録」(『名古屋叢書続編』第十三巻~第十六巻、名古屋市教育委員会)を全て見直したところ、おそらくまだ紹介されたことのない、怪異めいた話がいくつか残っていたのである。この安堵感たるや、言葉が見つからない。
中でも狐の話は複数あった。彼らは、武士並みに扱ってくれた藩主に忠義を尽くしたり、自分を殺した藩士に復讐したり、生き生きと時におどろおどろしく、江戸時代の名古屋城を駆け回る。
詳細は、二本松康宏 、中根千絵編『城郭の怪異』三弥井書店、2021年所収の「名古屋城の怪異―見守る櫃と天狗と狐たちー」をご覧いただければ幸いである。