教員コラム 経済学専攻
経済学専攻 蔡 大鵬 教授
2019年12月16日
排出削減費用を伴う環境規制が成立するのはなぜか
意外かもしれないが、「排出削減費用を伴う環境規制が成立するのはなぜか」という問いは、長年解明されないままであった。
これまでの規制理論の分野では、規制プロセスが特定の利益団体によって「とりこ(虜)」にされ、規制は規制レントをうみ、それは被規制企業に帰属するため、規制は被規制企業の利益になるとされてきた(Stigler 1971)。しかし、環境規制が排出削減費用を伴うため、被規制企業の利益にならないことが多く、その成立には、「とりこ」理論は適用できないとされていた(Oates and Portney 2003)。このため、環境規制に関するこれまでの分析は、消費者や環境保護団体の行動解明を中心になされてきており、企業が組織する利益団体の政治活動に関する分析は最近になってようやく活発になってきたところである(Grey 2018)。一方、米国だけでも、企業が環境規制に関わるロビー活動への支出は年間3億ドル以上であり、また、ほとんどの企業が積極的に政治活動に参加していることが報告されている(Delmas et al. 2016)。そのため、環境規制の多くは、もはやそれらを特定の環境保護団体の政治活動に帰結することができない。
筆者は、異なる排出削減技術を採用する企業が積極的に環境規制に関するロビー活動に参加しているという現状を踏まえ、「削減費用を伴う環境規制が成立するのはなぜか」を解明するカギは、企業間の異質性および企業の政治活動にあると見て、「排出削減費用を伴う環境規制が成立するのはなぜか」について、分析してきた。分析により、異なる排出削減技術を採用する企業が政治献金を行い、環境規制を自己に有利なように誘導するケースでは、環境規制が弱化されやすいことが確認できているなどの新たな知見を得ている。今後も、様々なプレーヤーの行動を明らかにしながら、排出削減費用を伴う環境規制の設定が企業間の競争に与える影響を明らかにする予定である。分析を通じて、環境規制に関する新たな理論的知見及び政策的含意を導き、理論的側面から環境保全に資したいと考えている。
【参考文献】
Delmas M, Lim J, Nairn-Birch N (2016) Corporate environmental performance and lobbying. Academy of Management Discoveries 2:1-23.
Grey F (2018) Corporate lobbying for environmental protection. Journal of Environmental Economics and Management 90:23-40.
Oates WE, Portney PR (2003) The political economy of environmental policy. In: Mäler KG, Vincent JR (eds) Handbook of Environmental Economics, Volume 1. Elsevier, Amsterdam, 325-354.
Stigler GJ (1971) The theory of economic regulation. Bell Journal of Economics 2:3-21.