教員コラム 経済学専攻
経済学専攻 林順子 教授
2018年12月15日
『歴史にみる民衆たちの力強さ』
私の専門は日本経済史で、江戸時代の尾張の商工業と流通を主に研究しています。
研究の出発点は、木曽川の水運でしたが、最近では、名古屋城下町の物流路であった堀川の河道を維持するための「川浚い」つまり浚渫を、誰がどのような動機で進めていたのかを調査しました。結論から言えば、堀川を利用する商人が、その商品を運送するために堀川の浚渫をおこなっていました。そのため、江戸時代の堀川の水は清く、河岸には桜が植えられ、観光名所でもありました。面白いことに、天保期の不況対策として、一人の民間人が堀川の浚渫を企画、実施したこともありました。彼、一東理助は、倹約令に締め付けられて景気が悪化した当時の名古屋経済を憂いていました。一方、大坂の町は、町人たちが踊り狂いながら安治川の大浚いを実施し、盛り上がりをみせていました。理助はこの様子を聞いたものと思われます。堀川の掘削を計画した大権現様すなわち徳川家康をたたえるという名目で、倹約令が出されている中、大坂と同じように賑やかに川浚いを実施しました。名古屋経済を思う民衆の力強さがうかがわれますし、現在の堀川の浄化にも応用できそうな話です。
さて、歴史の研究は、対象とする時代に書かれた記録を収集し、読解することから始まります。山のような史料から欲しい情報を見つけ出すのは容易ではなく、根気と時間を必要とする作業です。しかし、その無駄にみえるような時間も、また楽しいものです。研究目的とは違いますが、わたしがみる史料には、殺人事件が起きたとか身元不明の死体が見つかったとか、商家の朝の打ち合わせ中に奉公人が倒れて亡くなったとか、現代にも起こっているような事件がしばしば出てきます。ある企業の膨大な量の史料調査で、へとへとになりながら近代の会議資料の一冊をめくったら、おそらく当時のその企業の社長の仕業でしょう、出席者の似顔絵の落書きが現れ、思わず笑ってしまったこともあります。そのようなとき、過去に生きていた人びとの確かな息づかいを感じるとともに、彼らが生きていた経済社会をもっと知りたいと強く思い、また虫がくった史料を繰り続けるのです。