教員コラム 経営学専攻
経営学専攻 安藤史江 教授
2020年05月01日
「働き方改革」を成功させるには、積極的に組織変革・組織学習の知見を活かそう
組織にはライフサイクルがあります。過去に優れた業績をあげた組織も、年月が経ったり、規模が大きくなるにつれて、以前の勢いを失うこと、組織メンバーから活気や笑顔が消えてしまうことは、決して珍しくありません。そのようなときこそ、組織を根本から変革することが必要です。まさに、私の研究テーマの一つである「組織変革」の出番といえます(本来は、その段階に至るもう少し手前から着手するのが理想ではありますが)。
組織が元気を失うときや機能不全を起こすとき、そこには必ずといってよいほど、その状態をもたらした原因が存在するものです。組織変革の研究では、これまでに蓄積された多くのアカデミックな視点と実務的な視点の双方を駆使し、原因を根本から探り、組織を含むシステム全体がより健全に機能するような策を練ります。私の場合、そこに自らのメイン・テーマである「組織学習」研究の知見(*1)を、最大限に活用することに特徴をおいています。
組織変革というと、とても大袈裟な話に聞こえるかもしれません。しかし、近年注目され、広く知られている、女性活躍推進やダイバーシティ&インクルージョン、あるいは、働き方改革もれっきとした組織変革の一つです。実際、前者はもちろん、後者についても現在進行形で、複数の大企業の方々および共同研究者とともに、働く個人を対象にした大規模で重層的な質問票(アンケート)調査を実施し、分析を進めています(*2)。
その調査結果の一部からは、働き方改革が今のところ厳しい状態にあることが明確に確認できます。たとえば、図1では、働き方改革の前後で何も「変わらない」という回答が圧倒的に多いことが一目瞭然です。一方、増えるほうが望ましいと考えられる「働く時間の柔軟度」や「場所の柔軟度」に関しては、多少増えた様子がうかがえるものの、その反対に、減るほうが望ましいと考えられる「仕事の量」や「心身の負担感」はむしろ増加傾向にあることが読み取れます。この結果からは、少なくとも現時点では、働き方改革がその当初目的を達していないことがわかります。特に、身体的な疲れや負担感に対する感想としては、「想定通り」「想定より悪い」を合わせると約8割にのぼるという事実(図2)は、決して見過ごせるものではないでしょう。
どの企業もそれなりに努力しているはずなのに、このようなむしろ望まない事態に陥ってしまうのはなぜなのでしょうか。それは、働き方改革の推進側に、働き方改革はこれまでの延長線上の取り組みではなく、根本からシステムの作り直しが必要となる組織変革であるという理解や発想が、絶対的に不足していることが最大の理由であると個人的には考えています。そして、システムの作り直しにあたっては、組織学習の知見は非常に効果的で頼もしいサポーターとなるのです。
(*1)組織学習研究とは、環境に対するより良い意思決定を可能にさせる、組織による学習メカニズムを研究する学問です。詳しくは、安藤史江(2019)『コア・テキスト組織学習』(新世社)をご参考にしてください。また、安藤史江ほか(2017)『組織変革のレバレッジ-困難が跳躍に変わるメカニズム』(白桃書房)には、組織変革の実際の成功事例を複数まとめています。
(*2)この調査は、思いがけず新型コロナ禍の影響を受けることになりました。そのため、後世からみると、非常に貴重なデータになっている可能性があります。